この記事では、私の絵本作りのきっかけについてと、そしてそこから派生して、絵本作りで大切なことは何なのかということについて、自分なりの今の考えを書き留めておこうと思います。
絵本を作り始めたのはもう覚えていないくらい小さい頃のことです。
私は元々内向的で、外で遊ぶより家で絵を描いたり本を読んだりする方が好きでした。
感じやすく傷つきやすい子どもだった私の何よりの癒しは、絵を描くこと、絵本や子どもの本の世界に浸ることでいした。
実を言うと、絵本よりも児童文学の方が好きで良く読んでいました。ですから、文字を覚えるのは早かったと思います。文字ばかりの中にところどころ入る、線画のイラストが大好きで、いつまでも眺めていました。
絵を描くことも本を読むことと同じく大好きで、寝るのが惜しいくらいでした。いつまでも絵を描いていられたらどんなにいいかと思っていました。
一番最初に絵本を作ったのは、幼稚園生の時。
「およげないさかな」とタイトルでした。
浮き袋という器官が壊れて泳げなくなってしまった魚が主人公で、仲間の助けを借りながら困難を乗り越えていくというストーリーだったと記憶しています。
児童書以外にも図鑑が大好きで、図書館で片っ端から読んでいたので、浮き袋が壊れてしまった魚というアイデアが浮かんだのだと思います。当時、魚に浮き袋という器官があることを知り、水中にいる魚の中に、浮き袋があるなんて!と衝撃を受けました。それで生まれたのがこの「およげないさかな」でした。
こうした自分の経験から、ごく自然に絵本づくりへと進んでいきました。小学生まではまっすぐに「挿絵画家になりたい。絵を描いたり子どもの本を作ったりする人になりたい」と思っていましたが、中学入学とともにその夢は色褪せてしまい、10代の頃はとても苦しい暗中模索の時期でした。夢破れたことはかなりのショックで、美術室や画材の匂いが苦手になるほどでした。反動で意識的に美術系の世界から遠ざかろうとして、その後は絵とは全く関係のない学校に進学。でも、大学では絵本作りのサークルに迷わず入部して絵本を作ったり、他学科で開講されていた児童文学の授業を受講したり、児童文学に詳しい他学科の教授にお願いして、無くなってしまっていた児童文学研究ゼミを復活させて作品研究をしたり。
絵本を作りたいという思いは、自分では気づかずともごく当たり前のこととして、生活や行動にはっきり現れていたのです。
その後、絵や子どもの本とは全く関係のない進路を選んだのですが、出産を機にまた子どもの本の世界に戻ってくることになります。
このあたりについてはホームページに詳しく書いています。
よろしければお読みください。

今までを振り返ってみると、絵本作りのきっかけはただ、シンプルに絵本や子どもの本が好きだったから、ということに尽きます。
そしていろいろな経験を経て、絵本作りの中で大切なこととは何なのか、自分なりの考えがまとまってきました。
小さい頃、子どもの本の世界に救われた経験から、「ほっと安心できる、辛いことがあっても別の世界に行けるような存在が絵本」なのではないかと思っています。そんな存在たり得る作品が初めて絵本と言えるのではないかと思います。
私が一番大切にしていることは、子どもが安心できるかどうか。ワクワクできるかどうか。「こう感じてください」と押し付けずに寄り添えるかどうか。
絵本は小さい人の手にもすんなりおさまります。
持ち運びできるワンダーランドであり、安全基地です。
そんな絵本を作っていけるように、努力していきたいと思います。

